へこんだもの、
削られたところ、
負ってしまった傷、
そんなものからしか
薫り立たないものがある。
ときにそれは、強烈な色香となり
だれかの心を絡め取るようにして
離さなくなる。
歳を重ねるごとに
くたびれ、みすぼらしくなるか、
色香を増すか。
その違いは、
きっと、自分の人生を引き受ける覚悟の差。
どんな境遇も他者のせいにしない、
と、ただ決めること。

へこんだもの、
削られたところ、
負ってしまった傷、
そんなものからしか
薫り立たないものがある。
ときにそれは、強烈な色香となり
だれかの心を絡め取るようにして
離さなくなる。
歳を重ねるごとに
くたびれ、みすぼらしくなるか、
色香を増すか。
その違いは、
きっと、自分の人生を引き受ける覚悟の差。
どんな境遇も他者のせいにしない、
と、ただ決めること。

今日、出逢った
人生の先輩の言葉が
まだ胸に渦巻いている。
「君は、人生は何のためにあると思うかね?」
「私は、そうですね…
愛を学ぶためにあるのだと思います」
「では、愛さえあれば生きていけると思うかね?」
「う……愛があれば生きていける……と、思います」
「いや、愛だけでは、生きていけないものだよ。
人間は、生きがいや、存在価値などを自分で持ててこそ、幸せでいられる。
それがない状態で誰かを深く愛せるかというと、難しい。
また、それがない状態で誰かに愛されても、難しいものだよ。違うかね」
「……」
「僕はね、この歳になり、なんだかますますそう思うんだ」
70代写真家と
50代文筆家の会話である。

「人は誰しも、世の中を潤したい。
そう思って生きているものではないでしょうか。
あなたの本は、私を潤してくれました。
羨ましく思うと同時に、お礼を申し上げます。」
拙著『人生でほんとうに大切なこと』を読んでくださった
71歳の男性から届いたメッセージにそう書いてあった。
過分なお言葉に心からありがたい
と思うと同時に、「潤す」という言葉が
私の中でみちることとなった。
そうか・・・
誰かのこころに届くものを書きたい
と、ずっと思っていたけれど
それは、誰かの心を潤したい、
ということだったのかもしれない。
潤すことができるのは
美しい雨水であり
乾いた喉に通る清らかな水。
私の綴るものには、
ときに、怒りや、嫉妬の臭いがする水となることが
あるかもしれない。
でも、それも時に
人間らしいとお許しいただこう。
潤おす。
なんといい言葉なんだろう。
あなたの乾いた心に沁みる一文を
綴れますように。
