「和紙を使って本を作ろうとしています」とお伝えすると、多くの方は和綴本をイメージされるようです。このニュースレターを読み続けてくださった皆さまも、もしかしたら、そのイメージでいらしたかもしれません。
でも、Japan Craft Book第一号となる焼火神社(島根県・隠岐諸島)の本は、あえて和綴本にしないことに決めました。
理由はいくつかあります。
このプロジェクトを立ち上げたときから、
「和綴本にすれば、いかにも“Japan”という感じにはなる。だけど、それで本当によいのか」
と思っていました。
前号のニュースレターで「和紙とはなにか」を書きましたが、今、簡単に手に入るインクジェット用の和紙に絵と言葉を印刷し、和綴で仕上げれば、「和風の本」はすぐにできます。
温泉地のお土産屋さんなどに行くと、足ツボの解説や前向きになる言葉集など、和綴本が民藝品と並んで売られていたりします。
それはそれで正解であり、ひとつの形なのですが、私の中で明確にあったのは「わざわざ和風にした本を作りたい」のではなく、「本物の和紙にこだわり、日本人の精神性を五感で感じられる本を作りたい」でした。
このプロジェクトの根底には、伝統工芸に関心を持つ人の裾野を広げることに寄与したい、という思いがあります。そのためにも、この本は手にして下さった瞬間に、何かを感じていただかなければならないと思っていました。
例えば、羊羹で有名な虎屋さんは500年続く老舗中の老舗ですが、時代に合わせて材料の配合を変え、味(甘さ)の調整を続けているというのは有名な話です。パッケージも常に進化し、世界に通じる洗練の「Japan」を感じます。
伝統は革新を続けてこそ残り、現代の生活と結びついてこそ継承されていくものと考えるならば、安易に昔の形をとるだけでは響かないはずです。
……と、立派なことを掲げるのは簡単ですが、どう形にしていくかは難しい課題でした。
具体的なイメージが定まらないまま、私は画家・水野竜生先生に絵の依頼をし、デザイナーの谷さやさんに自分の思いだけを伝えてこのプロジェクトはスタートしたのです。
そして、水野先生、谷さんと共に焼火神社の例大祭に行き、全国的にも珍しい独特のリズムと神秘に満ちた隠岐島前神楽を拝見する機会を得たのです。
水野先生に、絵に関して何もリクエストはしませんでした。出来上がってくる絵を楽しみに待つ、それが正解だと思っていたからです。
実際、水野先生が描き上げられた絵は、私の想像を遥かに超えるものでした。変な表現かもしれませんが、とても「綴じる」という世界にとどまらないものだと感じました。
このプロジェクトがスタートした頃、プロダクトディレクション・印刷を担当してくださっている篠原紙工の篠原慶丞さんに「今回、一番の肝はなんだと思いますか?」と尋ねたことがあります。
そのとき、即座に「水野先生の絵をいかに忠実に再現するかです」との答えが帰ってきたことをよく覚えています。文章を担当している私としては、ちょっと突っ込みたいところもなくはなかったのですが(笑)。
でも確かにその通りで、この絵が放つものをいかにそのまま届けるかが、この本を世界へ届けることに繋がると確信しています。
そして、デザイナーの谷さんも先生の絵を最大限に活かすこと、そして、使用する石州和紙の魅力をどう伝えていくかを考えて、形にしてくださったのが、この『神迎え』です。
また、もうひとつ制作中の『御神火』は、闇夜の隠岐の海、その静けさを表現するために、先生の絵だけでなく、谷さんが撮影した写真も使うことになりました。
写真を和紙に印刷すると、とても素敵な風合いになるのですが、繊細な波の表情が再現できません。また、3つの火の玉が巌にぶつかり一瞬にして闇夜が切り裂かれ、新たなエネルギーが宿る瞬間を描いた先生の極彩色の絵も、和紙に刷るとどうしても沈んでしまうのです。
和紙にどこまでもこだわりたい私は、どうしたものか、と思っていたところ、谷さんから
「全てを和紙にすることが重要なのでしょうか。現代の技術、美しく印刷される紙を採用することも考え、ミックスしながら仕上げてもいいのではないでしょうか」
と言われ、はっとしました。
前述した虎屋さんのように、伝統と革新の掛け合わせの思想で本作りをすればよいのだ、と腑に落ちたのです。
ちょっと話がずれますが、いま、レコードブームが起きています。あの柔らかな音が若い人には新鮮で、ある年齢以上の人にはどこか懐かしく、すっと耳に届きます。だからといって、すべての音楽をレコードに戻して聴こうというのではなく、それぞれの人の好みで、曲や楽器によっては、CDやデジタルの方がいい場合もある。それと同じだと思いました。
和紙に実際に触れ、あたたかな質感にはっとしていただくページと、現代の紙が1冊の中に混在していてもいい。それが違和感なくまとまるには、デザイナーの力量が必要ですが、そこに関して不安はありません。
そして、前号に書いたコストとのバランスも、なんとか解消できそうです。
Japan Craft Book プロジェクト
代表 稲垣麻由美
ーつづくー