つれづれ

役割、について考える。

私は今、主に文章を書く仕事と、
人を対象としたブランディングの仕事をしている。

他にも、様々な人が集い交差する場をつくりたくて、
ギャラリーの運営もしているが、メインはこの2つである。

その中で、なぜ、人を対象としたブランディング
の仕事をするようになったかというと、
シンプルに、「日本を良き方向に導くリーダーとなる方々のお手伝いをしたい」
がスタートだった。

私は30代から誰かを取材してものを書く、
という仕事を本格的に始めた。
書く仕事を得られるようになったのは、人のご縁に恵まれ、
その時々によって引き上げてくださる方がいたということに他ならない。

取材して記事を書くということは、すなわち、
「取材される立場となる、なんらかの功績・実績を持つ人に会い、
その人達からいかに本音を聞き出すか」
ということを意味する。
まだ若かった頃の私は、その人たちが眩しく、
圧倒されることの連続だった。

また、本音を聞き出すという作業は、
私自身が試される、ということでもあった。
私という人間を値踏みされる連続だったとも言える。


取材相手を徹底的に調べていくのは当前で、
向こうが忘れている過去の発言までこちらは覚えていき、
相手と対峙する。
とくに、あなたの何に私は揺さぶられたのか、
を伝えられるか否かが鍵だった。
そして、私が何を着て、どんな話し方をするか
も、とても重要なことだった。


取材相手に応じてスーツを着ていくべきか、
カジュアルダウンしていくべきか、
ジュエリーはつけるべきか外すべきかを考えた。
その選択次第で、相手が心を開いてくれるかどうかも決まるし、
その他大勢の「ライターさん」と記憶されるか、
「稲垣」という名前で存在を覚えてもらえるか否かも決まった。
印象・外見の重要性について、実感として強く学んだのだった。

素晴らしい人間力、知力、行動力に溢れた方々に
たくさん出会う機会に恵まれたのは、
私にとって何より大きな財産となっている。

そして、不思議なほど、
自分自身が取材される側に立つというイメージを持つことなく、
圧倒的な存在、心からリスペクトできる方たちをサポートすること、
その人たちのメッセージや存在を広く伝えていくことが、
私の今世の役目だと思うようになっていった。


取材を通して、
「言葉」と「見せ方」を考える日々が、
いつしか私の武器となり、徐々に政治家や経営者の方をサポート
するようになっていったのである。


また、いまだに裏執筆を必要に応じて続けているのは、
そういう方達がご自分で書く時間を確保するのが難しい
という実情があり、それは私がお役に立てることの一つだからだ。

だが、自分が年齢を重ねたせいか、この頃、
それを自分の役割だと思っていたことに揺らぎが生じ始めた。
魂が、そろそろ次へ行けと言っている。
それが、事務所を東京から鎌倉に移した大きな理由の一つだった。

だが、次の扉をひらくのは案外怖いものだ。
足踏みしながら、ようやくドアノブを回し始めた感覚がある。




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