つれづれ

許す。

許す、という行為が難しいことを
私は子供の頃から強く感じて育った。

深い皺が刻まれたその人の顔は
その人の生きていた時間を示すものだった。

どんなに優しげな言葉をその人が口から吐いても
どこか安心してその胸に飛び込むことはできなかった。

その人が、泣いた時だけ、
玉ねぎの薄皮をむいて、白いところが見えたときのように
はっとして、どこか安心できた。

でも、私はずっと願っている。
その人が、許す、という行為を人生の最期にしてほしい、と。

許すとは、怒りから解放されることだから。

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