カテゴリー: つれづれ

  • 【Vol.37】書家・辰巳紫瑛氏の個展 東京・青山で開催

    【Vol.37】書家・辰巳紫瑛氏の個展 東京・青山で開催

    能登で震災に遭われた方、そのご家族のことを思うと言葉を失いますが、
    まず祈り、そして、自分になにができるかを考え、
    粛々と行動していきたいと思う新年でございます。

    皆さま、本年も宜しくお願い致します。

     


    ちなみに、
    日本語の「いのり」という言葉の語源は、「生宣(いの)り」だそうです。

    「い」は、霊威ある力「生命力」をさし、
    「のり」は、みことのり(詔)や、のりと(祝詞)からきており、「宣言」を意味します。

    「いのり」は、生命への宣言。

    人間はおそらく、宗教という概念を持つ前から、「祈り」という行為を続けてきたはずです。
    命が生まれることに対しても、命が消えていくことに対しても、輝く太陽にも、恐ろしい雷雨にも、自然と手を合わせる。

    誰に向かって手を合わせているのか。

    「神」という言葉がなくとも、感謝や畏怖の念を持ち、気がつけば手を合わせていた。
    そして、手を合わせることで、何かが変わることを知っていた。

    これからのAIの時代において、一層、そういった感覚が大事になっていく気が致します。

     

    さて、前置きが長くなりました。

    『神迎え』 の題字と、神楽歌の一節をすばらしい書で表現してくださいました、書家の辰巳紫瑛さんが、1月23日(火)〜28日(日) 東京・青山の桃林堂画廊さんにて個展を開催されます。

    ありがたいことに、その個展会場の一角にて、『神迎え』の特装版と書林版を展示させていただくことになりました。

    【辰巳紫瑛展 ー心ととのえる書ー】

    会期 : 2024年1月23日(火)〜28日(日)
    10:00~18:00(初日23日は12:00より)
    *27日(土)14:00よりギャラリートーク

    会場 : 桃林堂 青山支店画廊
    東京都港区北青山3丁目6-12 ヒューリック青山ビル1階
    表参道駅[B4]徒歩1分
    https://www.tatsumishiei.com/news/240109/

    「6歳で近所の書道教室に通い始めてから、ただただ書くことだけが自身の中にありました。その間ずっと、筆を執り、墨を使い、紙に向かうことで心をととのえてきたのだなと噛み締めています。
    何を成して来たか、と問われても答える言葉を持ち合わせていない未熟者でございますが、古典を学び、黒白の美しさを求めてきた自分の中に今あるものを書にすることに臨みます。
    年明けの寒い時期ではございますが、お時間のゆるす方々にお運びいただきご高覧賜りますれば幸いにございます。  辰巳紫瑛」

     

    連綿と歌い継がれてきた神楽歌の美しい一節を、「神迎え」特装版では、黒い紙の上に黒の書で表現 

    前回のニュースレターで、
    1月1日予約販売開始のお知らせをさせていただき、
    たくさんのお祝いのメッセージと予約注文を頂戴しました。
    改めて、心より厚くお礼を申し上げます。

    https://japancraftbook.com/news/kamimukae-on-sale/

     

    ただやはり、実物をご覧になりたい、とのお声も多数いただきました。展示会の第一弾として、今回のような機会をいただけましたこと、大変ありがたく存じております。

    ぜひ、足をお運びくださいませ。お待ち申し上げております。

     

    Japan Craft Book プロジェクト

    代表  稲垣麻由美
    official@japancraftbook.com

    ーつづくー

     

  • 役割、について考える。

    役割、について考える。

    私は今、主に文章を書く仕事と、
    人を対象としたブランディングの仕事をしている。

    他にも、様々な人が集い交差する場をつくりたくて、
    ギャラリーの運営もしているが、メインはこの2つである。

    その中で、なぜ、人を対象としたブランディング
    の仕事をするようになったかというと、
    シンプルに、「日本を良き方向に導くリーダーとなる方々のお手伝いをしたい」
    がスタートだった。

    私は30代から誰かを取材してものを書く、
    という仕事を本格的に始めた。
    書く仕事を得られるようになったのは、人のご縁に恵まれ、
    その時々によって引き上げてくださる方がいたということに他ならない。

    取材して記事を書くということは、すなわち、
    「取材される立場となる、なんらかの功績・実績を持つ人に会い、
    その人達からいかに本音を聞き出すか」
    ということを意味する。
    まだ若かった頃の私は、その人たちが眩しく、
    圧倒されることの連続だった。

    また、本音を聞き出すという作業は、
    私自身が試される、ということでもあった。
    私という人間を値踏みされる連続だったとも言える。


    取材相手を徹底的に調べていくのは当前で、
    向こうが忘れている過去の発言までこちらは覚えていき、
    相手と対峙する。
    とくに、あなたの何に私は揺さぶられたのか、
    を伝えられるか否かが鍵だった。
    そして、私が何を着て、どんな話し方をするか
    も、とても重要なことだった。


    取材相手に応じてスーツを着ていくべきか、
    カジュアルダウンしていくべきか、
    ジュエリーはつけるべきか外すべきかを考えた。
    その選択次第で、相手が心を開いてくれるかどうかも決まるし、
    その他大勢の「ライターさん」と記憶されるか、
    「稲垣」という名前で存在を覚えてもらえるか否かも決まった。
    印象・外見の重要性について、実感として強く学んだのだった。

    素晴らしい人間力、知力、行動力に溢れた方々に
    たくさん出会う機会に恵まれたのは、
    私にとって何より大きな財産となっている。

    そして、不思議なほど、
    自分自身が取材される側に立つというイメージを持つことなく、
    圧倒的な存在、心からリスペクトできる方たちをサポートすること、
    その人たちのメッセージや存在を広く伝えていくことが、
    私の今世の役目だと思うようになっていった。


    取材を通して、
    「言葉」と「見せ方」を考える日々が、
    いつしか私の武器となり、徐々に政治家や経営者の方をサポート
    するようになっていったのである。


    また、いまだに裏執筆を必要に応じて続けているのは、
    そういう方達がご自分で書く時間を確保するのが難しい
    という実情があり、それは私がお役に立てることの一つだからだ。

    だが、自分が年齢を重ねたせいか、この頃、
    それを自分の役割だと思っていたことに揺らぎが生じ始めた。
    魂が、そろそろ次へ行けと言っている。
    それが、事務所を東京から鎌倉に移した大きな理由の一つだった。

    だが、次の扉をひらくのは案外怖いものだ。
    足踏みしながら、ようやくドアノブを回し始めた感覚がある。




  • 憂いあるものこそ美しい。

    憂いあるものこそ美しい。

    へこんだもの、
    削られたところ、
    負ってしまった傷、
    そんなものからしか
    薫り立たないものがある。

    ときにそれは、強烈な色香となり
    だれかの心を絡め取るようにして
    離さなくなる。

    歳を重ねるごとに
    くたびれ、みすぼらしくなるか、
    色香を増すか。


    その違いは、
    きっと、自分の人生を引き受ける覚悟の差。

    どんな境遇も他者のせいにしない、
    と、ただ決めること。