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  • 怒りが消える。

    怒りが消える。

    ずっとずっと心の底に沈めていたことがあった。
    怒りという感情は、思い出さないようにしていれば
    なんとかやり過ごすことができる。

    ただ、沈めているだけなので
    ふとしたときに、小さな泡がぷすっぷすっと
    かすかな音を立てて湧き上がってくる。

    くさった水に小さな泡が現れるように
    にごった池に泡がうかぶように。

    そんなタイミングで、ある人に会った。
    なんとなく、話してみた。
    「こんなことがあってね・・・」と。

    するとその人が、
    拳を握って、机をたたきながら
    「それは、ひどいよ、ひどい」
    と怒ってくれた。
    顔を真っ赤にしながら。

    そう、ものすごく
    怒ってくれたのだ。

    私はずっと、
    そうやって怒りたかったんだな
    と気づいた。

    そして、その姿をみているうちに
    失礼なことに
    ケラケラ笑い出してしまった。

    ありがとう。
    わかってくれて。

    そう言いたかったのだけれど
    笑ってしまった。

    そして、その人と別れる頃には
    怒りが完全に消えていた。

  • 許す。

    許す、という行為が難しいことを
    私は子供の頃から強く感じて育った。

    深い皺が刻まれたその人の顔は
    その人の生きていた時間を示すものだった。

    どんなに優しげな言葉をその人が口から吐いても
    どこか安心してその胸に飛び込むことはできなかった。

    その人が、泣いた時だけ、
    玉ねぎの薄皮をむいて、白いところが見えたときのように
    はっとして、どこか安心できた。

    でも、私はずっと願っている。
    その人が、許す、という行為を人生の最期にしてほしい、と。

    許すとは、怒りから解放されることだから。

  • 潤す。

    潤す。

    「人は誰しも、世の中を潤したい。
     そう思って生きているものではないでしょうか。
     あなたの本は、私を潤してくれました。
     羨ましく思うと同時に、お礼を申し上げます。」

     拙著『人生でほんとうに大切なこと』を読んでくださった
     71歳の男性から届いたメッセージにそう書いてあった。

     過分なお言葉に心からありがたい
     と思うと同時に、「潤す」という言葉が
     私の中でみちることとなった。

     そうか・・・
     誰かのこころに届くものを書きたい
     と、ずっと思っていたけれど
     それは、誰かの心を潤したい、
     ということだったのかもしれない。

     潤すことができるのは
     美しい雨水であり
      乾いた喉に通る清らかな水。

     私の綴るものには、
     ときに、怒りや、嫉妬の臭いがする水となることが
     あるかもしれない。

     でも、それも時に
     人間らしいとお許しいただこう。

     潤おす。
     なんといい言葉なんだろう。
     
     あなたの乾いた心に沁みる一文を
     綴れますように。